サッカー日本代表の歴代「ボランチ(守備的ミッドフィールダー)」で最高・最強の選手は誰だ?と聞かれたら、皆さんは誰をあげますか?サッカーのボランチ(守備的ミッドフィルダー)は、守備だけでなく攻撃にもわたり幅広い役割をこなす万能さに加え、豊富な運動量や視野の広さまで求められる近代サッカーでもっとも重要と言われるポジションの一つです。 藤枝明誠が3-0で前年度全国覇者の静岡学園を破り、4年ぶりの決勝進出を決めた。mf賀茂大紀(3年)が後半に2得点を挙げる大仕事をやってのけた。 ©Copyright2020 週末世界のFootbool.All Rights Reserved. 稲本潤一選手は … お客様のブラウザはジャバスクリプト(JavaScript)に対応していないか無効になっています。詳しくはサイトポリシーをご覧ください。, <全国高校サッカー静岡大会:藤枝明誠3-0静岡学園>◇準決勝◇7日◇エコパスタジアム, 藤枝明誠が3-0で前年度全国覇者の静岡学園を破り、4年ぶりの決勝進出を決めた。MF賀茂大紀(3年)が後半に2得点を挙げる大仕事をやってのけた。東海大静岡翔洋はFW中沢勘太(3年)が全3得点に絡み、3-1で浜松開誠館に逆転勝ち。決勝トーナメント初戦からU-18プリンスリーグ東海所属の3校を破る快進撃を見せ、前身の東海大一以来28年ぶりに決勝に駒を進めた。決勝は14日、午後1時30分からエコパスタジアムで行われる。, 藤枝明誠MF賀茂が「いるはずのない」ゴール前で輝きを放った。0-0の後半9分。FKをDF増田七翔(ななと、2年)が頭でつないだボールに反応。1トラップから右足で流し込んだ。「(パスが)来ると思った。うまく流し込めて良かった」。貴重な先制点で自らも勢いに乗った。, FWばりの嗅覚は、これで終わらない。同18分。今度はシュートのこぼれ球を逃さなかった。相手GKがはじいたボールを豪快なダイビングヘッドで押し込み、追加点。今大会初得点を含む2得点で王者撃破の主役となった。「普段点を取る選手ではない。目に見える結果で貢献できて良かった」と、白い歯が光った。, 進化を証明した。ボランチが定位置の賀茂は、これまで守備に重点を置いてきた。それでも、PK戦の末に辛勝した1回戦と準々決勝を終え、「クロスに入る人数が少なかったので、ゴール前に入ることを意識した」。大会期間中に決断した“マイナーチェンジ”が、最大のヤマ場でいきなり実を結んだ。, 決勝は勢いに乗る東海大静岡翔洋と対戦。賀茂は「ゴールを取れる選手は価値がある。次も取りたい」と力強かった。4年ぶりの全国まであと1勝。大一番でも攻守でフル回転する。【前田和哉】, (C)2020,Nikkan Sports News. 藤枝明誠が3-0で前年度全国覇者の静岡学園を破り、4年ぶりの決勝進出を決めた。mf賀茂大紀(3年)が後半に2得点を挙げる大仕事をやってのけた。 Twitter; Share; Pocket; Hatena; Pinterest; LINE; 今回は、 サッカー”左利き”の超一流選手のランキング特集 です! テツ. サッカー日本代表が、ワントップに拘る理由は?適性の選手はいるの? 日本代表 2020.3.22 サッカー日本代表の応援歌の原曲や歌詞は、どんなものなのか? 日本代表 2020.9.12 【一覧】サッカー日本代表の海外組の選手! 日本代表 2019.11.19 《選手交代》日本 73分OUT 酒井宏樹 IN 室屋成#SAMURAIBLUE #daihyo #王座奪還 #サッカーキングhttps://t.co/nuE9sobJGn pic.twitter.com/mjvLz0ZjiQ, アジアの頂点へ鹿島対レアルのクラブW杯に刺激…MVP受賞の家長昭博「来年は自分たちも」https://t.co/6zpxTihBdm, ️編集部より「#中村憲剛、#小林悠 に続き、今年は #家長昭博 がMVPを受賞!『人として、選手として成長することができましたし、加入して本当に良かった』とコメントしました」 pic.twitter.com/syhzFIsWMj, 本田圭佑選手と比較されることも多く、若い頃から『天才』と称されるドリブラーですね!!, HAPPY BIRTHDAY本日12月14日、 #ザンクトパウリ の#宮市亮 が24歳の#誕生日 を迎えました。おめでとうございます! #HBD #サッカーキングhttps://t.co/CefDt7z3FZ pic.twitter.com/3OoxVGOrT8, #日本代表 ロシアW杯メンバー#柴崎岳生年月日:1992年5月28日(26歳)身長・体重:175cm・62kg出身地:青森県所属クラブ:ヘタフェ(スペイン)国際Aマッチ:16試合出場#サッカーキング #jfa #daihyo #夢を力に2018https://t.co/T7sjZ2OG4G pic.twitter.com/lQVExgqxkg, 『レアル・マドリード』と『バルセロナ』から得点を奪った日本人選手としても有名で世界からも注目を集めていますね!!!, 2002年の『日韓ワールドカップ』と2006年の『ドイツワールドカップ』と2大会連続でワールドカップの日本代表メンバーに選ばれています!!!, UCL決勝トッテナム×リヴァプール6/2(日)⏰4:00https://t.co/u4BaoHt81Qで完全独占配信#ジブン史上サイコーのUCL決勝@atlrs_official@nakata_cro pic.twitter.com/rhOgmYklqI, フランス・リーグアンの『マルセイユ』に移籍して再びトルシエ監督とコンビを組みました!!, 1998年の『フランスワールドカップ』2002年の『日韓ワールドカップ』2006年の『ドイツワールドカップ』2010年の『南アフリカワールドカップ』と3大会連続でワールドカップの日本代表メンバーに選ばれています!!, 楢さんへのメディアの皆さんの愛と優しさ溢れた会見の模様は後ほどお届けいたします。#grampus pic.twitter.com/JVjQOhAvxz, 『J1最多出場記録保持者(2017年時点)』でもあり、、、『国際Aマッチ7試合連続無失点(2011年時点)』という日本記録を持っていたこともあります!!, DF24 #阿部巧 out→MF29 #水野晃樹 in#SC相模原 #prideofSAGAMIHARA pic.twitter.com/zULlHs9B9M, 『セルティックFC』では思うような活躍ができず、、、北京五輪代表からは遠ざかってしまいましたね。。。, 『柏レイソル』『ヴァンフォーレ甲府』『ジェフユナイテッド千葉・市原』『ベガルタ仙台』『サガン鳥栖』『ロアッソ熊本』などでプレーしています!!, 試合後談話現地視察の西野技術委員長「いいシミュレーションになった」…久保建英の活躍にも太鼓判https://t.co/8H6QeiUYOz … …現地で #U20日本代表 を視察した #西野朗 技術委員長が、コメントを残しています。#サッカーキング #U20WC pic.twitter.com/Z2sFCr8bjr, 2002年の『日韓ワールドカップ』2006年の『ドイツワールドカップ』2010年の『南アフリカワールドカップ』と3大会連続でワールドカップメンバーに選ばれています!!, MF39 #伊藤大介 out→MF6 #稲本潤一 in#SC相模原 #ザスパクサツ群馬 pic.twitter.com/Fp5Drcrg9y, 2001年から2010年までイギリス、トルコ、ドイツ、フランスのリーグでプレーして活躍していました!!, 2006年の『ドイツワールドカップ』や2010年の『南アフリカワールドカップ』と2大会連続でワールドカップに出場している選手です!!, ⚽️J1第13節⚽️横浜FMの中澤佑二、史上2人目の通算550試合出場へ/J1第13節https://t.co/M3SJJme0mV#明治安田生命J1リーグ(@J_League)第13節は、27日と28日に7試合が各地で行われます。#サッカーキング #JSK pic.twitter.com/5rT7vn0jji, サッカーに関する情報を発信しています。サッカー選手に関する情報から大会情報まで紹介しています。. とはいうものの、ボランチって結構ややこしいポジションなんですよねぇ。 ボランチとはポルトガル語でありブラジルのサッカー用語で本来は守備的MF(英語ではDefensive Midfielder)を指します。 MF陣の中央/最後尾に位置するポジションで、機能や役割によって攻撃型、守備型、司令塔型に区分けされたりしています。 1990年代にブラジルサッカーの影響でボランチという用語が使われるようになったんですが、 本来はセンターハーフのうちディフェンシブハーフ(日本では中盤の底などと言 … サッカー日本代表の歴代イケメン選手ランキング【top50】を紹介します! ... 左利きの選手で、 『ボランチ』『センターバック』『サイドバック』を高いレベルでこなす、 ... 32位 稲本潤一 . サッカー日本代表の6番を付けた有名選手は? 今度は海外ではなく、我らが日本代表チームの背番号6番についてです。 私の世代でいうと、都並敏史がスタートです。1992年のアジア杯で6番でした(その後3番に変更)。ポジションは左サイドバックです。 サッカー日本代表の歴代「ボランチ(守備的ミッドフィールダー)」で最高・最強の選手は誰だ?と聞かれたら、皆さんは誰をあげますか?, サッカーのボランチ(守備的ミッドフィルダー)は、守備だけでなく攻撃にもわたり幅広い役割をこなす万能さに加え、豊富な運動量や視野の広さまで求められる近代サッカーでもっとも重要と言われるポジションの一つです。, そこで今回は、サッカー日本代表で活躍したボランチ(守備的ミッドフィルダー)を紹介し、『サッカー日本代表で歴代最強「ボランチ(守備的ミッドフィールダー)」は誰?DMF人気投票!』という人気投票のランキング結果を発表します。, 柴崎 岳は、2014年から日本代表に選出され2019年現在、サッカー日本代表のボランチとして活躍しています。2018年ロシアW杯に出場し、ベスト16進出へ大きく貢献しました。, 柴崎 岳は、Jリーグの鹿島アントラーズからスペインのリーガエスパニョーラへ移籍しました。戦術によって試合に出れなかったりしますが、日本代表ではボランチのレギュラーとして試合に出場しています。, 柴崎 岳の最大の魅力は、ゲームメイク能力。ロングフィード、遅いショートパス、速いショートパスを巧みに使い、試合の状況に応じて攻め方を決めます。遅攻なのか、速攻なのか、判断して試合を支配します。, 特に柴崎 岳のインサイドキックで放たれる、速いショートパスやグランダーパスは、とにかくスピードがありながら精度が高く、天下一品です。, 状況に最適なパスを選択して前線にパスを提供する柴崎 岳のプレーは、イニエスタやピルロに例えられることもあるほどです。, 攻撃的MFやトップ下までこなせる能力がある柴崎 岳。誰もが認める攻撃センスですが、フィジカルの弱さから度々ピンチを招くため守備力には改善の余地があります。そういった背景もあり、監督や戦術次第では、試合で使ってもらえないこともしばしば。, ボランチとしての運動量の豊富さやボール奪取力は非常に高いため、今後の守備面での成長が楽しみと言えるでしょう。, 山口 蛍は、2013年から日本代表に選出され2019年まで、サッカー日本代表のボランチとして活躍しました。2014年ブラジルW杯、2018年ロシアW杯に出場しました。, 山口 蛍は、Jリーグのセレッソ大阪からドイツのブンデスリーガのハノーファーへ移籍をしましたが、レギュラーを獲得できず、またJリーグに帰ってきました。, 山口 蛍の最大の魅力は、強いフィジカルをいかしたボール奪取力と運動量の豊富なことです。インターセプト数が非常に多く、ボランチとしての守備力が魅力です。, また、もともと攻撃的MFのポジションだったため、シュートセンスやゲーム展開力に優れています。ただ単純なミスもあったため、日本のレジェンド長谷部 誠からレギュラーを奪うことができませんでした。, 長谷部 誠は、2006年から日本代表に選出され2018年まで、サッカー日本代表のボランチとして活躍しました。2010年南アフリカW杯、2014年ブラジルW杯、2018年ロシアW杯に出場しました。, 長谷部 誠といえば、2010年から2018年まで8年間にわたりサッカー日本代表のキャプテンを務めたレジェンドです。2007年からドイツブンデスリーガに移籍し、ヴォルフスブルクやフランクフルトで10年以上にわたり、レギュラーを勝ち取り続けました。2008-09シーズンに、ヴォルフスブルクでブンデスリーガを制覇しました。, 長谷部 誠の浦和レッズ時代は、テクニックを生かしてトップ下や攻撃的MFのポジションを務めていました。ドイツに渡りその勤勉さや真面目な性格が評価され、サイドバックやボランチなどの守備的なポジションを任され、そこで海外で通用するフィジカルを手に入れました。さらに年を重ねるごとに危機察知能力やカバーリング技術を身につけ、センターバックやリベロ(スイーパー)などのポジションまで任される、超ユーティリティプレイヤーとしてドイツブンデスリーガで10年以上も活躍し続けています。, 攻撃的なインサイドハーフや守備的なアンカーまで、守備的MFの全ての役割をこなすことができる能力は日本代表では突出しており、長谷部 誠は8年間にわたりレギュラーを勝ち取り続けました。, 長谷部 誠は、選手として、ボランチとして、突出した能力を持っているだけではありません。もう一つのずば抜けた能力は「キャプテンシー」です。, サッカー日本代表のキャプテンを2010年から2018年まで8年間務めました。監督だけでなく選手からも、日本のキャプテンは長谷部だけだと言わしめたそのキャプテンシーは、長谷部 誠の最大の魅力と言えるでしょう。, 安定した精神力から、安定したプレーに繋がり、常に高いパフォーマンスを発揮する姿は、まさに日本代表のキャプテンにふさわしいと言えます。, 今野 泰幸は、2005年から日本代表に選出され2017年まで、サッカー日本代表のボランチやセンターバック、そしてサイドバックとして活躍しました。2010年南アフリカW杯、2014年ブラジルW杯に出場しました。, 今野 泰幸は、海外へ挑戦はしませんでしたが、Jリーグの所属するどのチームでもレギュラーを勝ち取れるほど、周囲の評価が高い選手です。, 今野 泰幸は身長178cmとそこまで高くないのに、日本代表でボランチやCB、サイドバックといった守備のキーとなるポジションでレギュラーで出場しました。監督が変わってもどこかのポジションで出場できる今野 泰幸の魅力は何なのか。, 適切なポジショニングに加え、取れると判断してからの圧倒的なスピードでボール奪取する能力に秀でています。バランサーでもありながら、ボール奪取能力が高い、稀有な存在と言えます。, 今野 泰幸の凄さは守備力と言いましたが、90分間ハードに動き続けることができるスタミナ、そして攻撃の起点となれるビルドアップ能力にも長けています。ショートパス・ロングパス両方で高いキック精度を誇り、攻撃の起点となることもできます。, そういったマルチな能力があるからこそ、ボランチ、CB、左右のサイドバックといった複数ポジションで高いパフォーマンスを発揮できるのでしょう。, 阿部 勇樹は、2005年から日本代表に選出され2011年まで、サッカー日本代表のボランチとして活躍しました。2010年南アフリカW杯に出場しました。, 阿部 勇樹は、そのバランスのとれた守備力と攻撃力を武器に、Jリーグのジェフで活躍し、イングランドのレスター(当時は2部)でもレギュラーで活躍、その後日本に戻ってきてもずっとレギュラーとして活躍しました。, 阿部 勇樹は、危機察知能力に長けていることと、競り合いに強いことから、DFを任されることもあるほどの高い守備力を誇ります。南アフリカW杯では、守りを固める日本代表のアンカーとしてグループリーグ突破に大きく貢献しました。, 阿部 勇樹のもう一つの魅力は、フリーキックを任されるほどの高いキック精度です。ミドルシュートの能力が高く、ボランチながら2005年に12得点をあげるほどです。またビルド能力も高く、特にライナー性のロングフィードで攻撃を早く展開でき、アンカーやDFから攻撃の起点となりました。, 遠藤 保仁は、2002年から日本代表に選出され2015年まで、サッカー日本代表のボランチとして活躍しました。2006年ドイツW杯、2010年南アフリカW杯、2014年ブラジルW杯に出場しました。, 遠藤 保仁は海外移籍しなかったこともあり、遠藤 保仁の日本代表の出場試合数は「152試合」で、これは最多出場記録となります。またJリーグで600試合以上出場し、2019年シーズンにJ1の最多出場記録の更新も期待されています。, 日本代表に選出された選手がまず驚くのが、遠藤 保仁のパスの正確さ、と言われています。一体何がすごいのか。, 遠藤 保仁のパスは、パスの受け手の足元に合わせるだけではなく、左右どちらの足でパスを受けるかまで考え抜いて、パスを出していると言われています。また敵DFの重心や視線を考慮して、カットされないように工夫しており、パス成功率が非常に高いことが遠藤 保仁の魅力の一つです。, 比較的ショートパスを多用しますが、ロングフィードの精度も高く、日本代表のプレースキッカーを任されることもありました。, 遠藤 保仁は、的確な状況判断能力を兼ね備えており、必要に応じてボールをキープし遅攻したり、素早く前線へ正確なパスでボールを運んだりします。常に冷静な判断ができる落ち着いたメンタルと正確なパスで、チームの攻撃をコントロールし、高いゲームメイク力を誇ります。, 遠藤 保仁は、攻撃的MFやセントラルハーフ、インサイドハーフなど、中盤の攻撃を担うポジションを任されること多く、ドリブルやゴール前への飛び出したり、ミドルシュートを放ったり、得点力も兼ね備えます。, また運動量も豊富でフィジカルも強いため、守備面への貢献も大きく、穴がないボランチと言えるでしょう。, 中村 憲剛は、2006年から日本代表に選出され2013年まで、サッカー日本代表のボランチやトップ下として活躍しました。2010年南アフリカW杯に出場しました。, 中村 憲剛は海外からのオファーも断り、Jリーグの川崎フロンターレ一筋で活躍したチームのレジェンドです。Jリーグのベストイレブン8回、MVP1回という輝かしい実績を残しています。, 中村 憲剛は、ボランチに必要な運動量と展開能力を備えています。中村 憲剛の中でもっとも優れている点は何か、と聞かれた時、それは攻撃のスイッチを入れる精度の高い『縦パス』でしょう。, 中村 憲剛の縦パスは、アンカー(ボランチの中でも守備的ポジション)からのロングフィードではなく、比較的高い位置から速いショートパスと柔らかいスルーパスを駆使して、攻撃のリズムを自在に変化させ相手を翻弄します。, 視野が広くゲーム展開能力にも長けているので、ボランチを任されることが多いですが、そのスルーパスはゴール前でも脅威となります。, DFが密集するゴール前でも持ち前の視野の広さを発揮し、キラーパスを提供し決定的な仕事をやってのけたり、正確なキック精度を生かしたシュートの決定力で得点をあげたり、トップ下でも活躍できるユーティリティ性を持ち合わせます。, 小野 伸二は、1998年から日本代表に選出され2008年まで、サッカー日本代表のトップ下、サイドハーフ、ボランチとして活躍しました。1998年フランスW杯、2002年日韓W杯、2006年ドイツW杯、3大会のW杯に出場しました。, 小野 伸二は、2001-2002年シーズンからオランダのフェイエノールトへ移籍し、すぐにレギュラーを獲得し、UEFAカップ優勝というタイトルも手に入れました。オランダに5年間在籍し、怪我以外のシーズンはレギュラーとして活躍しました。, 小野 伸二の最大の特徴は『柔らかすぎるパス』でしょう。右左両足でボールコントロールの精度が高く、そして柔らかい。早いテンポで前線へボールを送るときはダイレクトでパスしたり、時間を作る必要があればボールが足元に吸い付くようなドリブルで時間を作ったり、とにかくボールコントロールセンスがすごいことが小野伸二の魅力でしょう。, 日本では攻撃的MFやトップ下など攻撃的なポジションを任されることが多かったため、比較的運動量が少なく、守備をするイメージが少ない小野 伸二ですが、実際は運動量も多く、守備に対する意識も強い選手です。, オランダでは、セントラルハーフやインサイドハーフなどのポジションでレギュラーを勝ち取っており、中盤の激しいプレスも難なくこなしていました。また攻撃的MFから1列下がったポジションで自由にゲームを組み立てることも小野 伸二のプレイスタイルにあっており、持ち前のゲームメイク能力をボランチで存分に発揮していました。, 小野 伸二は、幼少期から天才と呼ばれており、海外ではファン・ペルシやスナイデルなどのオランダの名選手、日本ではラモス瑠偉や稲本 潤一など、そうそうたる面々が小野 伸二の才能をべた褒めしています。しかし1999年に左膝靭帯断裂という大怪我してから、怪我が多くなったり、本人いわく本来のプレーはできなくなったそうです。, 思うようなプレーができないなか、このような素晴らしい実績を残している小野 伸二は、怪我さえなければどれほどの選手になっていたのか、日本のサッカーファンなら一度は考えたことでしょう。, 稲本 潤一は、2000年から日本代表に選出され2010年まで、サッカー日本代表のボランチとして活躍しました。2002年日韓W杯で2得点をあげるなど大活躍し、その後も代表にコンスタントに呼ばれ続け、2006年ドイツW杯、2010年南アフリカW杯にも出場し、W杯には3大会も出場しました。, 稲本 潤一は、1997年当時の最年少記録となる17歳6ヵ月でJリーグ初出場、そして17歳7ヵ月でJリーグ初得点という順風満帆なスタートをきりましたが、その後プレミアリーグのアーセナルへ移籍したものの出場機会に恵まれず、海外のチームを転々としました。, ボール奪取力が非常に高いこともあり、ボランチの中でもアンカーが最適と言われたりしますが、日韓W杯で見せたボランチから攻め上がり2ゴールを奪った姿が印象に残っている人は多くいるでしょう。, 圧倒的なフィジカルで突き進むドリブルと、思い切りの良いミドルシュートで、ボランチながら得点力が高いため、攻撃的なボランチと言えます。そのため戦略によって、セントラルミッドフィルダー(センターハーフ)を任されることも多くありました。, 稲本 潤一のフィジカルをいかしたボール奪取力、つまりボランチとしての守備力も魅力です。またボールを奪った後、必要に応じてドリブルで持ち上がったり、カウンターを狙えるなら正確なロングフィードで攻撃の起点になったり、超攻撃的なイメージが強い稲本 潤一はアンカーとしての役割を果たすこともできます。, 怪我が非常に多かったこともあり、キャリアの終盤ではよりボランチの中でも守備的なポジションを任されたり、DFとして出場することもありました。, 中田 英寿は、1997年から日本代表に選出され2006年まで、サッカー日本代表のトップ下、攻撃的MF、ボランチとして活躍しました。1998年フランスW杯、2002年日韓W杯、2006年ドイツW杯で全試合にレギュラーとして出場しました。, 中田 英寿は、日本人で初めて世界トップリーグの強豪チームで活躍し、世界トップクラスの選手たちに認められた日本のレジェンドです。中田 英寿のセリエAでの活躍により、日本人の海外移籍が促進されたため、まさにサッカー界のパイオニアといってよいでしょう。, 中田 英寿は、2000年前後のセリエAのスクデット(優勝)をとったローマで活躍した実績があります。当時のセリエAは、現在のリーガエスパニョーラ(スペイン)やプレミアリーグ(イングランド)よりも、レベルが高い世界最高リーグと言われ、スター選手がたくさん所属していました。, そんな世界最高リーグで優勝したチームで活躍するということは、今のレアルやバルセロナで活躍することと同じくらいすごい、ということができます。, 中田 英寿は、当時のスーパースターのジダン、ロナウド(ブラジル)、デルピエロなどのスーパースターと交友があるほど。今でいえばメッシやC・ロナウドと交友があると思えばいいかもしれません。, 中田 英寿の最大の特徴は、フィジカルをいかしたボールキープ力と、代名詞とも言えるキラーパスです。中盤でボールを受け、キープしたり、前線へスルーパスを出して決定機を演出したり、トップ下で最高の輝きを見せました。, 年齢を重ねるとポジションを下げボランチを任されることも多くなりました。日本代表でも、中田 英寿はセントラルハーフとして、攻撃の起点となったり、自ら攻め上がったり、フィジカルをいかしてボールをキープしたり。中田 英寿は、どんなポジションでも高いレベルで結果を残しました。, 福西 崇史は、1999年から日本代表に選出され2006年まで、サッカー日本代表のボランチとして活躍しました。2002年の日韓W杯では途中出場でしたが、2006年のドイツW杯ではレギュラーとして2試合に出場しました。, 福西 崇史の凄さは、チームのバランスを考えたポジショニングです。ボール奪取することより、スペースを埋め事前にピンチを防ぎ、効率よく守備を行うことに長けていました。中盤のバランサーとして、日本代表で活躍しました。, 名波 浩は、1995年から日本代表に選出され2002年まで、サッカー日本代表のボランチとして活躍しました。1998年のフランスW杯で3試合に出場しました。, 名波 浩は、1990年代後半のジュビロ黄金時代の中心選手として活躍したのち、イタリア・セリエAのヴェネツィアに移籍しましたが、1年でチームが降格したこともあり、翌年にジュビロに復帰しました。, 名波 浩は、もともと攻撃的MFでしたが、視野の広さ、ロングパス・ショートパスともに高い精度を誇ることもあり、代表でボランチにコンバートされました。その後中田 英寿の台頭もあり、代表ではボランチを任されました。, 名波 浩は、基本を怠らず視野の広さをいかした堅実な守備に定評がありましたが、左足から繰り出される正確でアイデンティティあるキックをいかしたゲームメイク能力が魅力のため、ボランチでも高いポジションを取ることが多くありました。プレイスタイル的にはセントラルハーフ、インサイドハーフに近いプレイスタイルと言えるでしょう。, 自他共に認める名波 浩の『左足の能力の高さ』と『右足の使えなさ』。ボールタッチはほとんど左足で行います。右サイドでセンタリングをあげる時でさえ、無理やり左足で蹴るほどです。, 山口 素弘は、1995年から日本代表に選出され1998年まで、サッカー日本代表のボランチとして活躍しました。1998年のフランスW杯で3試合に出場しました。, 山口 素弘は、サッカー関係者からの評価が非常に高く、当時の日本代表で中盤を構成していた名波 浩などの日本代表選手から、辛口評論家のセルジオ越後などからも高い評価を受けました。, 日本では1990年代まで、守備的MFといえば守備に特化したMFがほとんどでした。しかし山口 素弘のプレイスタイルは、巧みなポジショニングで攻撃の芽を摘み、攻撃の起点となりボールを前線へ配球するという、まさに現代サッカーのボランチというものを、日本に示したと言えます。, 山口 素弘は、日本に新しいボランチの形を示すほどの実力を持ちながら、日本代表ではうまくバランスを取りながら中田 英寿や名波 浩のサポートに徹し、日本代表に貢献しました。実際のJリーグの所属チームでは、ミドルシュートなどで積極的にゴールを狙うこともでき、ボランチでありながらハットトリックを記録したこともありました。, 常に『何をすればいいのか』という判断力が非常に優れ、それを実行できる技術力があるからこそ、当時の日本代表に欠かすことができない存在だったと言えるでしょう。, 森保 一は、1992年より日本代表に選出され1996年まで、サッカー日本代表のボランチとして活躍しました。1993年のドーハの悲劇を経験した選手でもあります。2020年東京オリンピック、2022年カタールW杯の日本代表の監督として知られています。, 1990年代前半の日本代表の攻撃的な選手の守備意識は低い時代で、誰かが守備と攻撃のバランスを取っていました。その役割を担っていたのが森保 一です。, ラモス瑠偉や三浦知良などが心置きなく攻撃できるように、スペースを埋め日本のピンチを幾度となく救っていました。豊富な運動量を誇り、常に汗を流しながらチームに貢献していた苦労人です。また戦術理解度が高いこともあり、所属するどのチームの監督からも重宝されてきました。, 森 孝慈は、1965年より日本代表に選出され、1976年まで、サッカー日本代表のMFとして活躍しました。1964年東京オリンピックのベスト8、1968年メキシコシティオリンピックで、銅メダル獲得に貢献したMFとして知られています。, ストッパーとして活躍できる守備力と、当時の絶対的エース釜本 邦茂へボールを司令塔として配給できるキック精度を誇り、森 孝慈は日本の絶対的なMFとして日本代表を支えました。, また森 孝慈の知的なプレーは、現役時代から有名で引退後は指導者へのエリートコースを用意され、日本代表監督などを務めました。, いかがでしたか。レジスタタイプ(司令塔タイプ)のボランチであれば、遠藤 保仁や小野 伸二、名波 浩といった選手が歴代最強・最高の候補になってくるのではないでしょうか。逆に守備に特化したアンカータイプのボランチであれば今野 泰幸や阿部 勇樹といった選手、また攻守のバランスが取れたボランチであれば長谷部 誠や稲本 潤一といった選手が歴代最強・最高の候補になってくるでしょう。, ボランチには、インサイドハーフやセントラルハーフ、アンカーなど、さまざまなタイプがあるため、一概にどの選手が最強と選ぶのは難しいかもしれません。, 皆さんの考えるサッカー日本代表で歴代最強・最高のボランチ(守備的ミッドフィールダー)はだれでしょうか。, BatQue(バトクエ)は、この世界のハッキリしていないことに、あなたの投票で決着をつけるアンケートサイトです。あなたが作ったアンケートにみんなが答えたり、気になるアンケートに投票したりしよう!, サッカー日本代表で歴代最強「ボランチ(守備的ミッドフィールダー)」人気投票ランキング, ボランチは正確にいうとポジション名ではないと言われますが、ここではセントラルミッドフィルダー(センターハーフ)やアンカーなどを総称した守備的ミッドフィールダーとして選出しています。.