!→歌まね振りまね 新・スターに挑戦!!→歌まね振りまねスターに挑戦! 音楽番組(おんがくばんぐみ)とは、音楽に関する番組である。テレビ番組やラジオ番組などの放送番組のほか、インターネットによる配信番組も存在する。, 音楽番組にはプロの歌手やアーティスト、楽団、音楽ユニットなどの音楽家(ミュージシャン)が出演して楽曲の歌謡や演奏を披露することを中心とするもの(歌謡番組)、音楽や音楽家に関するトークを中心とするもの(トーク番組)、歌謡ドラマやコントなどを行うもの(音楽バラエティ番組)などが存在する。またアマチュアが出演して楽曲を披露する番組も存在する(オーディション番組やカラオケ番組)。, 音楽ジャンルについても、音楽全般について扱う番組、J-POPなどのアイドルが歌って踊るものを扱う番組、クラシック音楽やジャズ、ロックバンド音楽などの演奏を中心に扱う番組、歌謡曲や演歌などの歌謡を中心に扱う番組などが存在する。また生演奏中心の番組の他に、録画映像 (VTR) 中心の番組(音楽史番組など)、PV映像中心の番組(ビデオクリップ番組など)なども存在する。, 『COUNT DOWN TV』(TBS)などのように音楽ランキングの発表を主体とした番組(カウントダウン番組)も存在する。かつてはカウントダウン式歌謡番組も存在した(『ザ・ベストテン』など)。, 1970年代までは歌番組は生放送で演歌や歌謡曲の歌手が多く出演するものが中心であった。1970年代にはニューミュージックが台頭してきたたものの当時の音楽番組は歌謡曲の歌手が優遇されており、ニューミュージックの歌手はテレビ出演を拒否する傾向にあった[1]。, 歌謡バラエティ番組では1968年に『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)が始まり、1972年に『歌え!ヤンヤン!』(東京12チャンネル)が始まった。また「歌のコーナー[2]」を設けるバラエティ番組も登場した(1969年開始の『8時だョ!全員集合』、1971年開始の『TVジョッキー』など)。, 1978年に歌謡曲とニューミュージックの歌手を公平に扱うカウントダウン式歌謡番組『ザ・ベストテン』(TBS)が始まり、ニューミュージックの歌手も歌謡番組へと出演するようになった[1]。この番組ではランキングの1位を従来の音楽番組のトリのように扱っていた[1]。, 『ザ・ベストテン』ではベストテン入りした歌手を出来る限りリアルタイムで出演させるため、出演の交渉状況を表に出し、またスタジオに来られない歌手にはスタッフが出向いて中継するということを行っていた[1]。そのため歌唱よりも歌手が重視されることとなり、歌手のアイドル化が進んだとする見方がある[1]。, 1980年代には歌謡番組とは別に当時の若年層を対象にした番組として洋楽や邦バンドのプロモーションビデオ(PV、いわゆるビデオクリップ)を紹介する番組やインディーズ・バンドを紹介する番組が登場した(MTV (朝日放送)、紳助のMTV倶楽部(朝日放送)、TV-TV インディーズの襲来(NHK)、三宅裕司のいかすバンド天国(TBS)など)。BOOWYのように音楽番組への出演を拒否するバンドが登場し始めたのもこの頃からである。, 歌謡番組では元々歌の伴奏にオーケストラの生演奏を使用していたが、オーケストラの不要なアイドルバンド(C-C-Bやチェッカーズなど)や爆風スランプ・米米CLUB・聖飢魔IIを始めとするバンド形式の音楽ユニットの出演がだんだんと増えてゆき、末期にはオーケストラの出演も減っていった。1曲1曲の長さも長くなっていき、番組の尺を圧迫していったとされる。, これらに加え、シンセサイザーなどオーケストラを使わない楽曲の台頭、歌ではなくお笑いをメインにしたバラエティ番組が人気を博すようになったため、1980年代末期からそれまで人気を保っていた音楽番組が次々と視聴率低迷に陥り終了。これと並行して民放各局が主催していた歌謡祭[3]も次々と終了した。2000年代以降も継続して開催されているのは日本レコード大賞(TBSテレビ)・FNS歌謡祭(フジテレビ)・ベストヒット歌謡祭(読売テレビ)があるが、かつてのような賞レースの形式では無くなっているのがほとんどである。, 1990年代前半、従来の音楽に代わってビーイング系やジャニーズグループなどのJ-POPが台頭した。ビーイング系ミュージックは番組タイアップ路線を取り人気となっていったものの、ビーイング系アーティストは逆にテレビ出演を減らしていった(ビーイングブーム)。一方、ジャニーズではSMAPなどの歌や演奏だけに留まらないマルチタレントが増えていき、『HEY!HEY!HEY! タカラ 「e-pitch マイクスターターセット」, 『オダイバ! https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=音楽番組&oldid=80367342, Who's → chat@R&B → パラダイスカフェ → comes alive(北海道文化放送). !』からはパッパラー河合のプロデュースにより「ポケットビスケッツ」がデビューし、オーディション番組『ASAYAN』からは小室哲哉のプロデュースにより「鈴木亜美」が、 また、つんく♂のプロデュースにより「モーニング娘。」がデビューしオリコン入りを果たした。, 2000年代後半、秋元康プロデュースの大人数アイドルグループが登場した。大人数アイドルグループでは選抜によるメンバー決めが行われており、テレビではその選抜の中継が行われるようになった(AKB48総選挙SP(フジテレビ)など)。, 2010年代前半、地上デジタルテレビ放送への切り替えに伴うテレビ買い替え等によりBS放送の視聴可能世帯の割合が70%台へと達し[6]、平成歌謡塾やサブちゃんと歌仲間などの演歌・歌謡曲番組が地上波からBS放送へと移された。, 2010年代後半、テレビ朝日とサイバーエージェントの共同出資による動画ライブストリーミングサイト「AbemaTV」が登場し、AbemaTVではヒップホップ番組のAbemaMix、ラップ番組のラップスタア誕生!など独自路線の音楽番組のストリーミングを行うようになった。, また音楽ストリーミングの流行に伴って旧譜の重要性が増し[7]、ラジオ番組[8]に続いてテレビ番組でもプレイリスト企画やプレイリスト番組が行われるようになった。, 2000年代後半以降は少子高齢化やアーティストらの音楽番組に対する姿勢の多様化、音楽不況に伴い視聴率が最盛期よりも大幅に低下している番組も数々見受けられる。地上波で放送されるレギュラー放送の音楽番組は深夜帯が主流であり、ゴールデン・プライムタイムでの放送は改編期における単発特別番組が中心となっている。, 子供向け音楽番組では1959年より幼児向け音楽・教育番組『おかあさんといっしょ』(NHK教育)が放送されるようになり、1961年より音楽ミニ番組の『みんなのうた』(NHK)も放送されるようになった。その後、民放からも『おはよう!こどもショー』(日本テレビ)『ママとあそぼう!ピンポンパン』(フジテレビ)、『ひらけ!ポンキッキ』(フジテレビ)などの音楽要素のある子供向け番組が登場した (平日朝子供向け番組戦争)。, 『おかあさんといっしょ』からは「だんご3兄弟」(1999年)「ドンスカパンパンおうえんだん」(2009年)[9]、『ママとあそぼう!ピンポンパン』からは「ピンポンパン体操」(1971年)、『ひらけ!ポンキッキ』からは「およげ!たいやきくん」(1975年)のようなヒットソングが生まれていった。また『おはよう!こどもショー』では「こどものどじまん」が行われていた。, 1997年より子供向けバラエティ番組『おはスタ』(テレビ東京系)が開始された。おはスタ内ではおはガールらの歌う卒業ソング「サヨナラのかわりに」を流したり、「ミニモニ。」のショートアニメを放送したり[10]などの音楽関連の企画を行っていた。, 2000年代には少女漫画原作の音楽要素のあるアニメ番組『マーメイドメロディー ぴちぴちピッチ』(テレビ東京他)や『きらりん☆レボリューション』(テレビ東京系)が登場した。ぴちぴちピッチはカラオケ玩具「e-kara」とのタイアップを行っていた[11]。また当時の女児向けアーケードゲームでは「オシャレ魔女♥ラブandベリー」のようなコーディネイトダンスゲームが流行っており、『きらりん☆レボリューション』も同様のアーケードゲーム化が行われていた。, 2010年代には女児向けアーケードゲーム原作のアイドルアニメ番組であるプリティーシリーズ(テレビ東京系)とアイカツシリーズ(テレビ東京系)が登場し、これら二つのシリーズは2020年現在も続いている。これらアニメ番組ではほぼ毎回ライブシーンが挿入されている。, 音楽番組では長らくタイアップ以外のアニメソングが冷遇されており、2005年、2ちゃんねるにおいてアニソンをオリコン1位にして音楽番組における差別を無くそうとする運動が行われた[12][13]。, 2009年、声優アーティストの水樹奈々が台頭し、NHKのMUSIC JAPANが取り上げて紅白出場を果たした。しかしながらミュージックステーションには声優アーティストが出場せず、また2010年にバンドアニメ「けいおん」の音楽がヒットした際もミュージックステーションでは実際のオリコンランキングから乖離した番組独自の「オリコン調べ」チャートを放送し[14]、民放においてアニソンへの冷遇が残ってることが疑われていた[14]。, 2015年、アイドルアニメ「ラブライブ!」のメインユニットμ'sがNHKの音楽番組を中心に出演し紅白出場を果たした。同年よりミュージック・ステーションでも水樹奈々やμ'sなどの知名度の高い声優アーティストが番組に出演するようになった[15][16]。しかしながらテレビ局の編成や管理職の中年層に知名度の低い声優アーティストはその後も民放音楽番組での冷遇が続いていた[17][18]。, 2020年、フジテレビは「世代間の情報の断絶が想像以上」であるとして声優アーティスト中心の新たな若者向け特別番組である『オダイバ! !→全日本歌まね選手権), あの「e-kara」がゲーム機に進化!? !超次元音楽祭』を開始した[19][17]。, 1980年代まで録画、生放送にかかわらず、歌唱に際しては歌詞のテロップを入れることはほとんどなかった。これは当時のスーパーインポーズの技術が2台のカメラを切り替えながらプロジェクターから出力する方法だったため、生放送では約8秒ごとに進んでいく歌詞に合わせて表示することが難しかったからという理由がある。, 『夜のヒットスタジオ』では、1978年7月31日の放送でサザンオールスターズが出演した際、あまりの早口の歌詞が聞き取れないと苦情の電話が多く来たため、2回目の出演の際に歌詞を表示したのが最初であるが、その他は吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」などくらいで、恒常的に用いられることはなかった。, その後1982年頃から『ザ・ベストテン』が正式に初登場曲と「今週のスポットライト」のコーナーのみに歌詞を表示するようになった。しかし、初登場時でも中継であったり、セットによっては翌週に表示ということも多くあった。1989年2月23日放送回からは全曲に表示するようになったが、これも他番組に先駆けてのことだった。NHK紅白歌合戦でも全曲に歌詞が表示されるようになったのは1982年の第33回NHK紅白歌合戦からである。しかし表示方法が前記のような方法であったため、文字が斜めに映ったり、誤って表示されないということも多々あった。, 1990年代以降は生放送の音楽番組が減り録画放送が増えた影響でテロップ編集が容易となったため、多くの歌謡番組で歌詞にテロップ表示をするようになったが、外国語の歌詞の曲は原語のままか、日本語訳のみ表示するケースが多い。, なお、プロモーションビデオを紹介する番組やCSやWOWOWなどの有料放送のライブ番組は原則的に歌詞テロップを表示しないのが多いが、放送局名や曲名のサイドテロップを常時入れている番組もある。, NHK総合テレビで放送されていた『NHK歌謡コンサート』は、文字サイズが大きく表示されていた。, Linked Horizonの楽曲『紅蓮の弓矢』では、Linked Horizonの方針からか歌詞テロップが表示されなかった。, 民放の場合、「作詞・作曲」と表記するの場合がほとんどであるが、NHKの場合は「詞・曲」と表記する。, テレビ放送黎明期には、作詞者・作曲者のクレジットが曲名と共に表記されることは殆どなかったが、1970年代に入り、各放送局独自の音楽賞レース番組を創設するようになってからは、作詞・作曲クレジットの表記が通常のレギュラー放送の歌番組等でなされるようになった(ちなみに『NHK紅白歌合戦』で初めて作詞者・作曲者テロップが付されるようになったは1970年(第21回)からのことである)。, しかし、日本テレビ(2016年まで)やTBS(レコ大、有線大賞以外)の番組ではテロップの表記が曲名・歌手名しか見られないことが多い。, 2020年9月現在放送中の番組。音楽専門チャンネルで放映されるものについては音楽専門チャンネル一覧参照。, 番組側主導でプレイリストを作り、そのライブやVTRを放送する番組。なおミュージックステーションでも2020年より「プレイリストチャレンジ」企画を行っている[28]。, ライブやトーク、PV制作、成功祈願などアイドルソングやアイドルグループに関する話題が中心のもの。, アメリカのラジオ局には商業ラジオと公共ラジオ(NPR)があり、番組内容にすみ分けのようなものがあるが、音楽番組はいずれも編成されている[36]。, イギリスのBBCにはラジオチャンネルが11あり、R1を15歳から29歳をターゲットとするチャンネル、R2を30代半ば以降をターゲットとする音楽番組と情報番組、R3をクラシックの音楽番組で編成している[36]。, 『テレビだョ!全員集合―自作自演の1970年代』 pp.73-75 長谷正人 2007年11月24日, 2019年11月以降、自身の不祥事に伴い出演休止。芸能活動自体は2020年2月から再開したが番組復帰については未定。, アニメソング史上最大の祭典〜アニメロサマーライブ〜→アニソン!プレミアム!presents 豪華祭典!アニメロサマーライブ, 疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバル 〜REBORN〜, スターに挑戦!!シリーズ(シャボン玉歌まね合戦スターに挑戦! 昭和を代表する作曲家となる古山裕一(窪田正孝)と、その妻・音(二階堂ふみ)。音楽とともに生きた夫婦の物語「連続テレビ小説『エール』」の土曜版。朝ドラが大好きで自称「朝ドラおじさん」のバナナマン日村勇紀が、この一週間の内容を振り返ってナビゲート。ドラマを見ながら、泣いたり笑ったり、ときには突っ込みを入れたりしながら、平日放送を見た人にも、土曜に初めて見る人にも、楽しめるように解説する。, 東京への出発が早まったことにとまどっているまき子。浩二(佐久本宝)は「自分の幸せだけ考えて」とアドバイスする。しかし、その後まき子(志田未来)は浩二に対し、そっけない態度をとるようになる。裕一(窪田正孝)と音(二階堂ふみ)は浩二の本心を聞き出そうと、一緒にお酒を飲むが、浩二は気持ちをなかなか吐き出すことができない。音は、自分の気持ちとしっかり向き合ってほしいと浩二に言うが…, 裕一(窪田正孝)は浩二(佐久本宝)に頼まれて、「高原列車は行く」の作曲のために、しばらく福島に滞在することにする。ある日、浩二は畠山リンゴ園の会合で、娘のまき子(志田未来)が親戚の会社で経理の仕事をするために、東京に出ることを知り、複雑な心境になる。これまでいつも断っていたまさ(菊池桃子)が持ってくる見合いの話を、浩二は「行ってもいいよ」と言い出すのだが…。, 母校・福島信夫小学校の校歌のお披露目会の後、鉄男(中村蒼)は校長先生から頼まれて後輩に向けて講演をする。その話を息子から聞いた三上典男が、鉄男を訪ねて喜多一にやって来る。会いに行こうか行くまいか迷う典男の背中を、「もう一生会えないかもしれないよ」と息子が押したのだ。裕一(窪田正孝)と一緒に、藤堂先生のお墓に校歌を作った報告をして戻ってきた鉄男。典男(泉澤祐希)を見て…。, 裕一(窪田正孝)は、鉄男(中村蒼)とつくった母校の福島信夫小学校の校歌のお披露目会に出席するため、鉄男と一緒に福島に向かう。福島の実家で、久しぶりにまさ(菊池桃子)とリンゴ栽培を福島に広める仕事に取り組む浩二(佐久本宝)と顔を合わせた裕一は、お互いの近況を報告し合う。楽しそうな一家のやりとりを笑顔で見ていた鉄男は、その夜小さい頃に夜逃げした後の話を裕一に語りはじめる。, 昭和26年。日本は復興期を迎え、人々の生活も豊かさを取り戻しつつあった。華(古川琴音)は19歳となり、人の役に立つ仕事をしたいと看護婦になるという夢に向かって、看護学校で勉強の日々を送っていた。鉄男(中村蒼)は木枯とつくった「湯の町エレジー」のヒット後、少し行き詰まっていた。そんな鉄男の様子を察した裕一(窪田正孝)は、鉄男に母校の小学校の校歌の作詞を書いて欲しいと依頼する。, https://www.nhk.jp/p/yell/ts/24W7KJGQRZ/episode/te/7QL653KLN4/. 昭和を代表する作曲家となる古山裕一(窪田正孝)と、その妻・音(二階堂ふみ)。音楽とともに生きた夫婦の物語「連続テレビ小説『エール』」の土曜版。朝ドラが大好きで自称「朝ドラおじさん」のバナナマン日村勇紀が、この一週間の内容を振り返ってナビゲート。